コラム〈X LIVE 2010パンフレットより〉
パフォーマンスから伝わる、
普通の人の人生の輝き。
2009年夏――。『X LIVE』なるライブが毎秋行われているという噂を耳にした。どうやら、全くの素人たちが、しかもいい年をした男女が、年に1度だけライブを行っているらしい。“オヤジバンドブーム”がメディアでたびたび紹介されている通り、大人が音楽活動をすることは近年珍しくないが、このX LIVEは、一般的なそれとは趣を異にするようである。長年日本の音楽シーンを見つめてきた私だが、このイベントには、今まで目にしてきたものとは違った世界が展開されていると直感的に感じた。「何としてもこの目で確かめなければ……」という思いに駆られ、11月に行われたライブに足を運んでみた。
会場は横浜の「ベイシス」。横浜の音楽シーンを盛り上げるべく2006年にオープンしたライブハウスだ。ピリリとした緊張感とともにどこか懐かしいあたたかな空気が流れる場内に陣取り、手渡されたパンフレットを開いてみた。そこにはバンドやメンバー紹介と並んで、X LIVEのシステムが解説されている。
ライブ出演を申し出たメンバーは、演奏したい曲を自由に表明でき、バンドメンバーを募集できる。そしてパートが埋まったらバンドが成立する、というシステムになっているという。たった一度のライブのためにバンドを結成し、演奏が終わったら即解散する??これが、X LIVEの最大の特徴のようだ。
一般的に、バンドを組むにはさまざまなハードルがある。メンバーを募集しようとしても、社会人となれば周囲でメンバーを見つけるのは難しい。首尾よく見つかったとしても、時間的制約があるがゆえに、全員のスケジュールを合わせて集まるのは困難だ。さらに、アマチュアバンドであっても、音楽性の違いやバンド運営に対する姿勢の違いや情熱の温度差が生じ、自然消滅してしまうケースも多いと聞く。このような理由により、バンドをやりたいのに諦めざるを得ない音楽好きは、一体どのくらいいるのだろう。かくいう筆者も、そのひとりだ。
しかしX LIVEのシステムであれば、メンバー募集に苦労することもなく、音楽性の違いでバンドが決裂する悲劇も生まれず、練習時間もなんとか割くことができる。しかもいろんな音楽にチャレンジできるのだ。なるほど実に画期的だ。
17時30分。照明が落とされ、ライブがスタートした。10バンドのトップを切るのは、ロックバンド。4人のロッカーが、トップバッターにふさわしい勢いのある演奏で場内を盛り上げる。続いて登場したのは、ブルースバンド。女歌を男が歌うというひねりの効いた楽曲で、観客の心をわしづかみにした。
さらには、ジャズ、ボサノバ、ディスコと、さまざまなジャンルのバンドが入れ替わり立ち代わり登場。メリハリのある構成で、観るものを飽きさせない。時計の針が20時を回るころには、客席には人が溢れかえり、盛り上がりは最高潮に達していた。ラストを飾ったのは、ロックの雄、故・忌野清志郎氏へのオマージュを捧げるバンドだ。おなじみの曲では会場全体が一体となり、大合唱が繰り広げられた。
すべての演奏が終わろうとするその刹那、ステージと客席とをぐるりと見回してみた。メンバーと観客、そこにいるすべての顔が、満足気に微笑んでいた。歓喜と興奮とでくしゃくしゃになった、子供のように無邪気な顔もあちこちにあった。その光景に、思わず目頭が熱くなった。
29名のメンバーの中には、バンド経験のない人もいるという。全体を通しての演奏も、お世辞にもうまいとは言えない。即席で作ったバンドだし、練習時間も十分には取れないのだから、当然だ。しかし、それでも、胸がキュッとしめつけられるような感動を覚えたのである。
プロのミュージシャンは皆、口を揃えて言う。「自分が楽しまなければ、お客さんを楽しませることはできません」。これがライブに最低限必要なことだとするならば、X LIVEは間違いなくそれをクリアしている。でも、感動を呼ぶライブには、もうひとつ大事な要素が共通して存在する。それは、ミュージシャンの生きざまが伝わってくることである。
普段はそれぞれに違う世界で活躍するX LIVEのメンバーたち。IT業界で時代の最先端を作る人、医療の現場で患者を救う人、料理の楽しさを伝える人、メディアで人々を勇気づける記事を制作する人、子育てに奮闘する人……。ごく普通の人生かもしれないが、彼らは懸命に日々を歩んでいる。真剣にドラムを叩く姿から、必死にピックを動かすしぐさから、燃え尽きようと熱唱する歌声から、そんないくつもの人生が、伝わってくる。その輝きは、プロのミュージシャンにも負けていない。否、アマチュアだからこそ、年に1夜限りのパフォーマンスだからこそ、そんな輝きを放てるのかもしれない。
人生も半分が終わり、大方のことは経験した。この先、もう新鮮なことはないかもしれない。日常を繰り返し、終焉を迎えるのだろう。そんな、諦めにも似た気持ちでこの数年を過ごしていた。しかし1年前、横浜を訪れた日からその気持ちは消えた。やろうと思えば、いくつになっても、何だってできる。人生は、まだ半分も残っているのだ。「バンドをやりたい」という一心で、ゼロからX LIVEという一大イベントを立ち上げ、続けてきた彼らが、それを証明している。
2010年11月6日――。今年参加する28人の人生はどんな輝きをステージ上で見せてくれるのだろう。
2010年10月 文/六賀好子
平成元年から日本の音楽シーンを取材し続けている音楽ライター。学生時代にバンドをやっていたものの、社会人になってからはバンド活動を諦めていた。1年前にX LIVEに出会い、メンバーとして参加しようかと目論んでいる。 |
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コラム〈X LIVE 2011パンフレットより〉
「絆」があれば大丈夫。
音楽で結ばれた仲間が放つメッセージ。
今年もX LIVEが開催されることを、例年以上に嬉しく思う。
3・11の震災は、私たちに衝撃と変化をもたらした。自然の脅威にただ立ちすくむしかない無力な自分にうちひしがれ、しかし同時に、助け合うことで人は困難を乗り越えていけることを改めて認識した。そして一人ひとりが、「本当に大切なものは何か」ということを、自らに真摯に問いかけはじめた。
イベントが次々と自粛される中、「果たしてX LIVEを開催していいものか?」と、メンバーたちは悩んだという。「お祭り騒ぎは控えるべきではないか」「それ以前に、そんな気分になれない」などさまざまな意見や思いをぶつけあった。最終的にたどり着いた答えはこうだった。
「日常をていねいに生きて、本当に大切なものを大事にする。そうして自分と周りの人を元気にすることが、今、自分たちにできること。自分たちにとってX LIVEは大切なものだし、楽しみにしていてくれる人たちのためにもハンパな決定は下したくない。それに横浜からを発信することが、何らかの力になるかもしれない。だから予定通り元気に、ライブをやろう」
毎年ステージから明るく、大きなパワーを送ってくれる彼ららしい結論だと思う。
2003年にスタートしたX LIVEは、今年で8回目を迎える。ライブを行うメンバーも観客数も徐々に増え、昨年はメンバー28名、観客に至ってはなんと260名を数えた。オープニングからエンディングまで、会場は人で埋め尽くされ、人気バンドのライブ会場かと見まがうほどの熱気に包まれていた。X LIVEの認知度が上がったとともに、そのユニークな内容が広く受け入れられてきた証左であろう。もともとは「バンドやってみたいね」という雑談が発端となりスタートしたイベントだが、もはや“仲間内のお楽しみ”の域を完全に超えたようだ。
X LIVE未経験の方のために、ここでそのシステムをご紹介しておこう。まずは「今年のライブに参加したい」と手を挙げるとメンバーとして登録される。その後メンバーはそれぞれに演奏したい楽曲を表明。表明曲に賛同したメンバーが集まり、必要パートが満たされるとバンド成立、というしくみだ。したがって、毎年違うバンドが成立し、ジャンルも楽曲のラインナップもがらりと変わる。演奏する側はさまざまなメンバーとバンドを組めるうえ、未知のジャンルや楽器にもチャレンジできる。このうえなく自由に豊かに音楽を楽しめるのだ。
本番までの練習回数は3〜4回。全員が多忙な社会人ゆえ、それが精いっぱいなのである。バンドメンバー同士はそのときにしか顔を合わせることも会話することもない。ところがその結束力や絆は、とても強いという。あるメンバーは言う。「たった数回しか会わなくても、音楽が好きだという共通項で結ばれ、ひとつの目標に向かってともに進むことで心が通い合うんですね。ただの趣味仲間ではない、特別な思いでつながっている仲間という感覚です。不思議ですね」
ステージに立つ瞬間を思い切り楽しみたい、最高のパフォーマンスを見せたい、そして観客を笑顔にしたい……そんな思いが、メンバー全員の胸中にある。その思いを一にして、わずかな時間しか練習に割けないという困難を共に乗り越え、出せる限りの力を出し尽くすのである。強い絆が生まれるのももっとも、かもしれない。
日本復興のキーワードは、まさに「絆」である。お互いに力を貸しあい、心を寄せ合っていくことが、私たちに求められている課題だ。かつては簡単にできていたはずのその行為が、気付けばいつしか難しいことになっていた。世の中が複雑になると、人の心も複雑になる。そして本当に大切なことを見えなくさせる。しかして自然は警鐘を鳴らした。
実は今回、コアなメンバーが数名、ワケあって参加できなくなった。バンド数が途中で減るというアクシデントもあった。でも、何かが起こるたびに、メンバーたちは自分のもてる力を発揮し、カバーしあい、アイデアを形にして、ここまでやってきた。本番を迎える今日、しっかりと結ばれた彼らの「絆」は、音に乗って会場の隅々にまで届けられることだろう。
ポジティブな空気は伝播するといわれる。X LIVEメンバーの絆に触れた観客が家庭や職場にそれを運び、またそこから絆が広がってゆく。そしてそれがじんわりと、日本の底力を後押していく……スタジオでの練習風景を見学するにつけ、そんな連鎖が起こることを思わず想像してしまった。
2011年10月 文/邪逗茂良子
J-POPからジャズまで幅広く取材・執筆する音楽ライター。5年前からX LIVEを取材し、そのユニークなシステムとメンバーの音楽を楽しむ姿に惹きつけられている。
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